興師会

 妙縁寺では、本年、2月8日午後7時と、2月9日の午前10時から、興師会を行なっています。


 日蓮大聖人様からのご相承を受け継ぎ、その法を堅固に護り、また正しく後世に伝えて下さった第2祖日興上人に対し、僧俗共ども心からご報恩申し上げ、いっそうの仏道精進をお誓い申し上げる法要です。

 大聖人様は「仏法は、相伝によらなければ、知ることはできない」〔趣意 一代聖教大意 92〕と仰せられ、ご自身の入滅に先立ち、数多いお弟子のなかから、日興上人ただ一人を選んで仏法の一切を相伝されました。また実際に、大聖人様のご入滅後には、第2祖日興上人様が一宗の総貫首そうかんず(一宗を統率する長)となり、また身延山久遠寺の別当(住職)にも就任されたのです。


 ところがいつしか、地頭の波木井実長はきいさねながが、大聖人様の教えに背く行為を犯すようにななりました。心を痛められた日興上人が、訓戒を重ねても、実長はまったく改めようとはしません。そこで、大聖人様の「地頭が 謗法 を犯すならば、日蓮の魂が住むことはない」とのご遺言と「富士山に本門の寺を建立しなさい」とのご遺命にもとづき、身延を去る決意をされたのです。


 そして正応(しょうおう)2年(1289年)の春、大御本尊様をはじめとする数々の重宝を護持して身延の山をくだり、翌3年10月、大聖人様の仏法の根源地として富士のふもと景勝地けいしょうちに大石寺(大坊)を創建されました。その後、法の一切を、第3祖日目上人に相伝された第2祖日興上人は、元弘3(正慶2、1333)年2月7日、富士の重須(現在の北山)において、安祥としてご入滅されました。御年88才でした。


 今、私たちが大聖人の仏法を信じ、本物の幸せ、成仏の 境界 を得ることができるのは、ひとえに正法正義を守り抜き、総本山大石寺のいしづえを築いた日興上人がおられたからです。