誰しも先祖代々の宗教を捨てることは先祖の意に背くように思うでしょう。
一方で先祖がどうしてそうした宗教を持ったかを、昔にさかのぼって、考えてみますと、多くは慶長十七年(一六一二年)に始まる徳川幕府の寺請制度によって、強制的に菩提寺が定められ、長く管理統制されてきた名残りによるものと思われます。そのため真実の正法につくなどという化導を受ける機会もありませんでした。
今のあなたが正法にめざめてこそ、始めて 先祖累代の人々を救い、我が家の幸せを開拓し、未来の人々をも救いうるでしょう。
誰しも先祖代々の宗教を捨てることは先祖の意に背くように思うでしょう。
一方で先祖がどうしてそうした宗教を持ったかを、昔にさかのぼって、考えてみますと、多くは慶長十七年(一六一二年)に始まる徳川幕府の寺請制度によって、強制的に菩提寺が定められ、長く管理統制されてきた名残りによるものと思われます。そのため真実の正法につくなどという化導を受ける機会もありませんでした。
今のあなたが正法にめざめてこそ、始めて 先祖累代の人々を救い、我が家の幸せを開拓し、未来の人々をも救いうるでしょう。
兼 帯 尚道阿義円坊日全 1853-1854
看 主 英勝院日盛(泰祥日喜、日存)
兼 務 日亨上人(総本山第 59 世、水鑑阿闍梨、慧日院、慈琳)