老いた親に寄り添いたい、優しく接したいと思っていても、日々の生活の中では、それ以外のさまざまな思いが交差します。親を思う、その気持ちどおりに自分がすべてを振る舞うことができず、時には、ついきつい言葉を放ってしまい、親からも強く返ってくることがあります。
また、親子関係は長い時間を紡いでいますので、過去の役割や期待が無意識のうちに作用することもあることでしょう。
でもそれらは、自分なりの、親への心配りからの反応のひとつです。親に対して何の情感もなければ、無視するか、放置するかで終わります。ですから、きつい言葉であっても、それはあくまで親を大切に思っているからこそ発せられたものということです。
要は、親との接し方に悩むこと自体、親への思いの強さをあらわしていますから、それを持ち続ければお互いの思い違いや誤解などはやがて必ず氷解します。
日蓮正宗では、親を大切にする孝養を重んじる考え方が示されています。それは“常に完璧であること”を求めるものではなく、人間としてやるべきことを行いながら、より良い関係を築こうと努める考えと行動が大切と説かれています。
そして自分の命に自然に親を受け入れて孝養していくようことができるようになってくるのも日蓮正宗の力であります。しかも親への孝養は自分自身にも良いことが返ってくると言われています。
「寄り添いたい」「優しくしたい」という思いがある限り、関係をいっそう良い形にしていく可能性は常に開かれています。完璧さではなく、その思いを大切にしながら、できる範囲で関わり続けることが、長い時間の中で確かな意味を持つのではないでしょうか。
日蓮正宗の教えをご住職から聞いてみられませんか。
あなたの心にぱっと明るく、開いていくものを感じられると思います。

